遠野コウのブログ
遠野コウのブログです。 遠野コウって誰? ただの人です。 社会の小さな歯車です。 日記とか趣味とか気になったこととか てきとーにつらつら書こうかと思ってます。
写真の良し悪しはカメラでなく記憶と感情で決まると思う
デジ一を買ってから写真について考えるようになったことが二つある。
一つはいい写真とは何か、そしてもう一つは自分が撮りたい写真とは何かということだ。

何故こんなことを考えるようになったのかと考えてみると、どうもデジ一で撮った写真にいい写真がないからのように思える。
デジ一の方が色々アレンジできるしコンデジより綺麗に見えるのに、何故か撮れた写真がいいものだとは思えない。
試行錯誤の中うまくいかない部分はあるのだが、それにしてもまったくいい写真がないというのは少しおかしいという風に感じた。
このことからいい写真とは何か、そもそも自分が撮りたい写真が何かと考えることになったんだと思う。

そこで今まで自分が撮った写真を見返して見るとコンデジでも十分いい写真はあるのだ。
しかもそのいい写真中には客観的に見たなら必ずしも綺麗だったり、素晴らしい構図とはいえないものがある。
ブレていてもいい写真と思えるものがあったりする。
ここで気付いたのが、いい写真と感じているものの多くは自分の記憶と感情を呼び起こしているということだ。
この記憶とは写真を撮った時の前後の記憶であり、感情とはその記憶の中の感情である。
そしてこういうときに呼び起こされる感情というのはまず間違いなく楽しかったなどのいい感情だ。
客観的に見た時のいい写真とは技術、感性が優れていたり、カメラの性能が高いなどの事柄に左右されるかもしれない。
しかし、自分で撮った写真がいい写真かどうかを自分で感じるための要素に技術、感性、カメラというのはあまり影響がないように思える。
それよりも楽しく写真を撮れたならその感情の記憶がその写真をいい写真にするのではないだろうか。

デジ一は確かに色々写真をアレンジする要素があって素晴らしい。
しかし、そのことにとらわれて純粋な写真を撮る楽しみに集中できないのであれば、折角のデジ一も無駄でしかないと思う。


補足
デジ一を否定しているわけではありません。
例えばデジ一が好きな人はデジ一を使ったほうがいいと思います。
好きなカメラで写真を撮るということはそれだけで楽しいことであり、いい感情で写真が撮れるからです。
またデジ一でたくさんの写真を撮り、十分デジ一を扱えるようになればデジ一の操作ではなく写真を撮ることに集中できかつ色んな写真が撮れるのでよりいい写真が撮れるようになる可能性はあります。
ようは自分がどんな風に写真を撮りたいか(カメラスタイルという意味で)が重要で、デジ一でしか表現できない写真であればデジ一を使うべきだし、コンデジでしか表現できないならコンデジを使うべきでしょう。
どちらでもよいのであれば好きなほうを使えばいいと思います。


蛇足
nikonのD300とキャノンの40Dを見てきました。
Nikon デジタル一眼レフカメラ D300Nikon デジタル一眼レフカメラ D300
(2007/11/23)
不明

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Canon デジタル一眼レフカメラ EOS 40D ボディ EOS40DCanon デジタル一眼レフカメラ EOS 40D ボディ EOS40D
(2007/08/31)
不明

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どちらもいいカメラだと思ったんですが特に素晴らしいと思ったのはD300です(それ相応に高いけど)。
値段的には高いキャノンの5Dよりも好みです。
自分には高すぎるカメラですが思わず買いたくなりました。
しかし今の状態では買わないと思います。
何故ならD60の一部レンズでAFできない仕様の酷さでnikonに悪い印象があるからです。
このまま買っても素直に楽しめなさそうな気がするのです。
・・・・・でもほんとD300は欲しい。
操作感といい、手になじむ感じといい、いいよなぁ。
コストパフォーマンスで考えると40Dなんだけど。
とまぁこんなことを書きつつ案外コンデジを買っているかもしれません。
GR DIGITALIIとか
RICOH デジタルカメラ GR DIGITALII 1000万画素 GRDIGITALIIRICOH デジタルカメラ GR DIGITALII 1000万画素 GRDIGITALII
(2007/11/22)
不明

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質感はチープだけど結構よさそう。
手軽に写真を撮るという風に使うにはデジ一よりこっちかな。





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